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釜津田・小窓写真集


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3月1日/昨日の朝は初・凍み凍み汁。凍み豆腐と凍み大根のお味噌汁です。 3月2日/今朝は凍み凍み汁・いろどりバージョン。凍み豆腐+凍み大根+ほうれん草。 3月3日/今朝、子牛が生まれました。ひなまつり生まれの男の子。今季の子牛一頭目。 3月4日/先日の夜は、凍み凍み汁(凍み豆腐+凍み大根)のひっつみバージョン。子牛の話題をはさみつつ、3日かけての、凍み凍みの季節到来のご報告でした。 3月5日/いい夕暮れ。ちなみに翌朝は放射冷却(今時には冷え込んだ氷点下11度)。 3月6日/週末は秋田のマタギの里へ。東北カーバーズミーティング in 北秋田。年に一度の東北のチェンソーアートカーバーの飲み会・・・もとい勉強会です。 3月7日/週末、二頭目が生まれました。くるくる巻き毛の女の子。
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3月8日/昨日は一日雪がちらちら。 3月9日/なんとなく、下の氷がしっぽくるんなネズミみたい。繊細な氷細工が光る朝。 3月10日/青い空と雪解けの土。 3月11日/昨日はせっせと囲いづくり。生まれてくる子牛用の囲い柵です。
この日の午後、地震。東日本大震災となる。地震直後から停電。消防団は津波、山林火災の現場へ。心配な夜。
3月12日/釜津田は昨日の地震以降停電つづく。日中、消防団用の炊き出しを近所で。固定電話、携帯電話ともに不通。外の様子は一切わからず。 3月13日/沿岸にすむ親戚の安否情報を求めて宮古市へ。交通規制のため歩いて避難所をまわる。無事を確認。ただし近所一帯はすっかり津波にのみこまれ(宮古市鍬ヶ崎)。釜津田の停電復旧。 3月14日/電話は相変わらず通じず。沿岸地域の知人、友人の安否情報を求め、ひたすらTVにかじりつく一日。消防団は屯所待機つづく。
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3月15日/郵便で新聞は届くようになったが、手紙類はまだ。それでもやってきてくれる郵便局の人にほっとする。仕事の邪魔にならない程度に外の情報を聞く。 3月16日/車で一時間ほどのところで携帯電話がつながる場所があるとのこと。が、ガソリン不足が心配。 3月17日/思い切って携帯電話のつながる場所へ行く。何か所かに連絡をとる。 3月18日/義父母宮古の親戚の家へ。お米、灯油、水等を持っていく。近所の人も水のタンクやペットボトルの飲料水を持たせてくれる。親戚の家はまだ断水とのこと。 3月19日/固定電話、携帯電話ともにまだ不通。ガソリン、灯油、ガスがいつ来るか不明。ガソリン不足のためか、外の通りがぴたりとなくなる。 3月20日/郵便が動きはじめたのでこちらは心配いらずの手紙を何か所かに送る。 3月21日/あちこちから郵便が届くようになる。総会、会議等の多い季節だったので、その延期の連絡などがすべてハガキでくる(電話が通じない上、ガソリン不足で車も動かせないため)。
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3月22日/車で20分ほどの隣りの地区で携帯電話がつながるようになる。車の中でとりあえずブログの更新をする。夕方、固定電話が通じるようになる。 3月23日/固定電話はまだ市外局番内のみの通話。ただし、かなり混線している。灯油の配達がくる。ガソリンも入荷とのこと。 3月24日/ガソリン入荷を受け、町内へ。震災後、一切滞っていた用事をいっぺんにすませる。あちこちで同じような近所の人と会う。思わず笑いあう。ひょんなことで安否心配していた知人一家の無事を知る。 3月25日/固定電話はまだ市外局番内のみ。そしてかなり混線している。 3月26日/市外局番へ電話が通じるようになる。これまで直接連絡が取れなかった親戚や知人と一気に連絡がとれるようになる。電話一本でこれだけ世界が違うのかとただただ思う。そして非常時、いかに情報を取り合う手段が恋しいかを痛感した日々だった。 3月27日/偶然つけたTVで知人を見る。ずっと安否が気になっていたので思わずTVにかじりついた。津波の被害の中、会社と社員を守るため、動き回っていた。ただ涙が出た。 3月28日/いろいろと落ち着いてきたはずなのに、気持ちも時間も止まっているような感じ。思い出すのは、13日に見た津波被災地の光景。線でひいたようにわかれた日常と非日常―津波の爪痕。行こうにも行けないがれきの道。夕暮れの中、茶色く無慈悲に立ち込めていた砂埃。
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3月29日/携帯電話が通じるようになる。同時にインターネットもつながるようになる。はじめて、インターネット上の災害情報ページを見る。インターネットがつながれば、知りたいことを調べる(少なくとも調べてみる)のはこんな一瞬のなんでもないことなのに。 3月30日/身の回りはほぼ震災以前どおりの生活にもどる。 3月31日/朝日の中、子牛たちが気持ちよさそうにのびをする。この半月の間に生まれた子牛は3頭。いつの間にか全部で5頭になっていた。